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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4608号 判決

原告

渋谷逸雄

永井勝幸

渋谷耕造

橋本洋

永井芳雄

渋谷由利子

永井常夫

渋谷栄子

野崎貞春

右九名訴訟代理人弁護士

島田徳郎

島田真琴

右九名第一事件訴訟代理人弁護士

滝沢幸雄

原告渋谷逸雄、同渋谷耕造、同永井常夫

及び同渋谷栄子第一事件訴訟代理人弁護士

吉永多賀誠

被告

菊地孝

右訴訟代理人弁護士

寺島秀昭

虎頭昭夫

黒田純吉

杉政静夫

主文

一  被告は、原告渋谷逸雄に対し、金二四〇五万五九〇七円及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一事件の原告渋谷逸雄のその余の請求及び第一事件のその余の原告らの請求を、いずれも棄却する。

三  第二事件の原告らの訴えを、いずれも却下する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

(第一事件)

一  主位的請求

被告は、原告らに対し、別紙請求金額目録記載の金員及びこれらに対する昭和六三年三月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告らに対し、別紙請求金額目録記載の金員及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

被告は、公共施設地図航空株式会社(公共航空)に対し、金一八億一四一一万四四九三円及びこれに対する平成七年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

第一事件の主位的請求は、公共航空の代表取締役であった被告の行為により会社財産が減少し、株主である原告らは株価減少による損害を受けたとして、商法二六六条ノ三に基づき損害賠償を請求するものである。

第一事件の予備的請求は、原告らが公共航空に対して有する損害賠償請求権あるいは原告渋谷逸雄が公共航空の債務を弁済したことにより取得した求償権を保全するため、被告が商法二六六条に基づいて公共航空に対して負う損害賠償請求権を代位行使し、また、右原告渋谷逸雄の有する求償権が、被告の行為により会社財産が減少し取立て不能になったとして、民法七〇九条又は商法二六六条ノ三に基づき損害賠償を請求するものである。

第一事件の請求額は、原告らが主張する被告の任務違反行為による損害の総額二〇億一四一一万四四九三円の内金二億円の請求であるところ、第二事件は、その余の損害額について、原告らが株主代表訴訟により、商法二六六条に基づく被告の公共航空に対する損害賠償責任を追及するというものである。

一  争いのない事実等(争いがないか、掲記の証拠により認められる)

1  当事者及び株式移転の経緯

(一) 公共航空(本店所在地・東京都杉並区上荻四丁目二九番六号)は、昭和四二年に設立され、原告らが、別紙株式目録記載のとおり、発行済株式総数三万一二〇〇株のうち二万九二〇〇株(本件株式)を保有し、原告渋谷逸雄が代表取締役となって、当初、主として航空地図の製作を行っていたが、昭和五〇年に不定期旅客運送事業等の免許を得て旅客運送事業に進出した。そして、同五四年八月には沖縄県島尻郡座間味村との間で同村字慶留間ムラナク所在119144.5平方メートルの土地の賃貸借契約を締結して、同五六年から五七年にかけて同土地上に慶良間飛行場を建設・所有し、同五八年三月免許を得て那覇・慶良間間の二地点旅客輸送事業を行っていた(甲二二、三八)。

(二) 公共航空は、その事業資金に不足を来したため、豊田商事グループを総括する銀河計画株式会社から資金援助を受ける目的で、航空輸送部門を銀河計画に譲渡することとなり、昭和五九年一二月五日、原告らは本件株式を代金合計三億八〇〇円で銀河計画に売却した。右譲渡契約において、地図製作部門で占有使用していた公共航空の資産は、原告渋谷逸雄に無償譲渡された(甲七)。

昭和六〇年二月八日、原告渋谷逸雄は公共航空の代表取締役及び取締役を退任し、被告が代わって代表取締役に就任した(甲三八)。

(三) 銀河計画は昭和六〇年七月一二日破産宣告を受けたが、原告らは、昭和六三年一月二九日、右株式の売却代金のうち一億八〇〇〇万円しか支払われておらず、破産法五九条により右株式譲渡契約は解除されたとして、破産管財人に対し本件株券の返還等を求めるとともに、公共航空及び被告に対し株価減少による損害賠償を求める訴えを提起した。

右訴訟のうち、原告らと破産管財人との間の訴訟については、平成二年一月三〇日、株式譲渡契約が昭和六一年一月一一日をもって解除されたことを確認し、平成二年二月一五日に管財人に対し一億八〇〇〇万円を交付するのと引き換えに株券の引渡しを受けるとの訴訟上の和解が成立した。この結果、原告らが再び、別紙株式目録記載のとおり、公共航空の株式を保有することとなった。また、原告らと公共航空との間では、公共航空は、原告らが右訴訟において公共航空に訴求する一四億六八五四万七八〇円の損害賠償債務を公共航空及び被告が連帯して原告らに対して負担することを認め、公共航空は、原告らに対し、原告らの被告に対する損害賠償請求訴訟に関する判決が確定した後、その金額を被告と連帯して支払うことなどを内容とする裁判外の和解を平成二年三月二〇日付けで行い(甲二六)、原告らは公共航空に対する訴えを取り下げた。この結果、被告に対する請求のみが係属することとなった(第一事件)。

そして、原告らへの株式の移転に伴い、被告ら従来の公共航空の役員が辞任し、平成二年二月八日、原告渋谷栄子が監査役に、その余の原告ら全員が取締役に就任し、原告渋谷逸雄が代表取締役に復帰した(甲二二)。

2  原告渋谷逸雄の求償権

公共航空は、三栄信用組合から、昭和五九年五月三一日四億九〇五〇万円、同年八月一日八七〇万円、同年九月二九日一八〇〇万円、同年一一月三〇日二〇〇〇万円をそれぞれ借り入れ、原告渋谷逸雄は右各債務を連帯保証した。そして、原告渋谷逸雄は、昭和六一年七月から平成二年四月までの間に、保証債務の履行として元金だけでも合計三億七二一二万六六五四円を弁済し、公共航空に対し、少なくとも右金額の求償債権を取得した(甲六七の二、六八ないし七三)。

3  被告の責任原因として主張されている事実の経緯等

(一) 北九州格納庫の敷地問題

公共航空は、北九州小倉南区大字曽根浄喜三八〇八番地一所在の土地を借り受け、同土地上に航空機格納庫を所有していたが、昭和六〇年六月、同年二月から五月までの賃料不払いを理由に株式会社前川電気鋳鋼所から賃貸借契約解除の意思表示を受けた。そして、前川電気鋳鋼所から土地明渡訴訟を提起されたが、公共航空は同六〇年九月三〇日に北九州運航所を閉鎖し、格納庫について同六一年五月二一日強制競売開始決定がなされたのち、同年一一月二五日、土地賃貸借契約の解除を確認し、同六〇年六月一日以降の賃料相当損害金の支払を免除する内容の訴訟上の和解が成立した(丙二八ないし三一、三七、被告)。

(二) 慶良間飛行場の敷地等の問題

公共航空は、慶良間飛行場の土地の賃料の支払期限である昭和六〇年四月三〇日にその支払いを怠ったため、同年八月二二日頃、座間味村から右土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示を受けた。

被告は、昭和六一年二月に座間味村に対して借地権確認訴訟を提起したが、同年六月二〇日、訴訟上の和解が成立し、右土地賃貸借契約の解除を確認するとともに、利害関係人として参加した琉球エアーコミューター株式会社に対し、空港施設を一億五三〇〇万円で、敷地内の建物を無償で、それぞれ譲渡した。

公共航空は、この間の昭和六一年三月に更新期が到来した、那覇・慶良間間の二地点間旅客輸送にかかる不定期航空事業の免許を更新しなかった。

(三) 那覇運航所の閉鎖

公共航空は、那覇運航所を拠点として不定期航空運送事業及び写真撮影等を行っていたが、被告は、平成二年二月六日東京空港事務所に対し不定期航空運送事業の休止許可申請及び航空機使用事業の休止届出を行ったうえ、同月七日東京航空局長に対し那覇運航所を閉鎖する旨の事業計画変更届出を行った。

(四) 航空機の処分等

(1) 被告は、公共航空を代表して、昭和六〇年一〇月二三日、朝日航洋株式会社から五〇〇〇万円を借り受け、公共航空の所有する航空機一三機を、他の資産とともに譲渡担保に供した。また、朝日航洋は、公共航空のために航空保険料等一〇九〇万七五一七円を立替え払いし、北海道拓殖銀行に一八六六万五〇〇〇円を代位弁済した。しかし、公共航空は朝日航洋に対する債務を弁済することができなかったため、朝日航洋は、右航空機の譲渡担保権を実行した。

(2) 被告は、公共航空を代表して、昭和六一年一二月から平成元年三月までの間に、株式会社國場組からの借入金により右航空機のうち四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二二五、JA五二三二)を、朝日航洋から買い戻した。

(3) 平成元年一一月から平成二年一月にかけて、航空機四機(JA五二三二、JA三七四七、JA三七七八、JA三四二八)の所有権が公共航空から國場組に移転され、また、航空機JA五二二五の所有権が被告に移転された。

(五) 支払手数料及び寄付金

公共航空の第一九期(昭和六〇年四月一日から同六一年三月三一日まで)決算書に、支払手数料として六五六万六三三九円、寄付金として一億九九六六万五六四二円が計上されている。

(六) 破産管財人に対する債務承認

被告は、公共航空の代表取締役として、昭和六〇年七月、銀河計画破産管財人との間で、公共航空が銀河計画破産管財人に対し七億五四四四万一八六七円の借入金債務を負担している旨を認める公正証書を作成した。

二  争点

1  株主は、会社の一般財産が減少し株式価値が下落したことによる損害について、商法二六六条ノ三に基づき取締役の責任を追及できるか。

(原告ら)

取締役が悪意・重過失により受任者としての善管注意義務・忠実義務に違反し、会社に損害を被らせた結果、ひいて第三者に損害(間接損害)が生じた場合にも、その損害と取締役の善管注意義務違反の行為との間に相当因果関係があれば、取締役は、第三者に対して商法二六六ノ三所定の責任を負う(最判昭和四四年一一月二六日民集二三巻一一号二一五〇頁)。

原告らは、銀河計画破産管財人との訴訟上の和解において確認された株式譲渡契約の解除に基づき、株式譲渡契約の当時に遡及して株主となったが、被告が代表取締役としての注意義務・忠実義務違反により公共航空に膨大な損害を被らせて事実上無資力に陥れたため、無価値の株式の返還を受けざるを得なかったものであるから、被告の行為と原告らの被った損害との間には相当因果関係が存する(公共航空は、昭和五九年一二月当時、四億三六〇〇万円の純資産を有しており、被告が代表取締役に就任した昭和六〇年二月一五日当時も同様であったと推定されるから、同社の株価総額も右同額であったところ、被告の違法行為の結果、その辞任時には一〇億三二五四万七八〇〇円以上の債務超過となり、株式は無価値となった)。

(被告)

株主は、商法二六六条ノ三の「第三者」に含まれない。会社が損害を被ったために株価が減少したとしても、会社が損害を回復すれば株価も回復する。会社が損害を回復するための制度としては株主代表訴訟が存在し、これで充分である。仮に、取締役が株主に損害を賠償しても会社に対する責任が残るなら、取締役が二重の責任を負うことになるし、株主に損害賠償をすれば取締役の責任が減縮されるなら、個々の株主が会社財産である取締役に対する損害賠償請求権を取得してしまうことになるとともに、取締役の責任を免除するには総株主の同意が必要であることとも矛盾し、いずれにしても不当である。

仮に、株主が「第三者」に該当する場合があるとしても、取締役の行為の後に株主となった者は「第三者」に該当しない。原告らは、銀河計画破産管財人との訴訟上の和解による解除の確認のみで株主となったのではなく、平成二年二月一五日に株券の引き渡しを受けて初めて株主となったものである。原告らは、その当時の株式の価格を知りつつ、その価格の株式を和解により取得したものであるから損害はない。

2  原告らは、和解において公共航空が認めた損害賠償債権を被保全債権として、債権者代位により、公共航空の被告に対する損害賠償債権を行使することができるか。

(原告ら)

原告らは、和解において公共航空が認めた損害賠償債権を有し(被告が職務を行うにつき原告らに加えた損害について、民法四四条に基づき公共航空に対して有する債権。公共航空は、平成四年九月三〇日、右債務につき和解契約に定められた期限の利益を放棄した)、被告は、後記のような取締役としての任務に違反する行為により公共航空に対して損害賠償義務を負っており、公共航空は無資力であるから(平成六年三月三一日現在で九一二四万三八四四円の債務超過状態にあった)、債権者代位が認められる。

(被告)

公共航空の原告らに対する損害賠償債務は存在しない。裁判外の和解なるものは、原告らと公共航空の代表取締役原告渋谷逸雄が通謀して作成した虚偽の契約である。

3  被告に、公共航空の代表取締役として、商法二六六条ノ三、二六六条又は民法七〇九条に基づく原告ら又は公共航空に対する損害賠償責任を生じさせる行為があったか。

(原告ら)

以下に述べる被告の各行為は、いずれも取締役の任務に違反し、職務遂行についての悪意又は重大な過失が認められるものであり、これにより公共航空に損害を与え、その結果、前記のように、公共航空は、被告の代表取締役就任当時四億三六〇〇万円の純資産を有していたのが、辞任時には一〇億三二五四万七八〇〇円以上の債務超過となった。取締役の注意義務は、株主や債権者の個々的な要請に従ったからといって、免責されない。

また、被告は求償権の発生を予見し又は予見できたのに、その著しい放漫経営により公共航空の一般財産を減少させたため、原告渋谷逸雄の求償権の行使も事実上不可能となり、同原告は求償権相当額の損害を被った。

(被告)

以下に述べるように、被告には、任務違反行為、重過失はなく、公共航空に損害も与えていない。原告渋谷逸雄が銀河計画から資金援助を受けた当時すでに、公共航空の経理状況は極めて悪化していた。原告渋谷逸雄は、銀河計画からの借入により過大な設備投資等を続けていたため、昭和六〇年七月銀河計画が破産すると、資金を銀河計画に全面的に依存していた公共航空は、たちまち経営が行き詰まり銀行取引停止処分を受けるに至った。銀河計画の破産後、公共航空は、主要な債権者であり公共航空の株式の大部分を持つ銀河計画破産管財人の全面的な支配下にあり、被告は、その都度、破産管財人と協議し、その指示に従って資産処分を含む職務の執行を行っていたのであるから、その行為に不相当なものはなく、善管注意義務・忠実義務違反は存在しない。

また、債務者の一般財産を減少させる行為が不法行為を構成するためには、特定の債権の行使を不可能ならしめるような著しく違法性の強い行為が行われた場合でなければならないが、本件はこれに該当しない。

(一) 北九州格納庫の敷地問題

(原告ら)

被告は、公共航空の代表取締役として、資産・負債の状況の把握に努め、他の役員・従業員の業務遂行に懈怠がないかどうか監視して、経営管理体制を確立すべき注意義務があり、その一環として北九州運航所の業務の運営についても常に関心を有すべきであったのに、同運航所に任せきりにし、その業務執行に何ら注意を払うことがなかったため、四か月にも及ぶ右賃料の不払いを看過した。その結果賃貸借契約を解除され、借地権を失った。公共航空の有していた借地権の価額は、近隣土地の公示価格の七割に当たる一四三二万二〇〇〇円であり、これが公共航空の被った損害である。

(被告)

北九州小倉格納庫敷地につき、公共航空と地主の契約の法的性質は使用貸借であるから、賃料不払いは土地利用契約の解除原因たりえない。

(二) 慶良間飛行場の敷地等の問題

(原告ら)

被告は、代表取締役として、公共航空の従業員等の業務遂行に懈怠がないかどうか監視して、経営管理体制を確立すべき注意義務があったのに、現場無視の人事を行って現業社員との間に溝を作り、また、慶良間飛行場の使用権益の内容は当然知悉しておくべき重要事項であったし、とりわけ、昭和六〇年六月に北九州格納庫敷地の賃料不払いによる解除の通知を受けていたから、被告は、公共航空の賃借しているその他の重要な土地に関しても同様の事態が生じていないか否かを十分注意し、その確認を行うべきであったのにもかかわらず、漫然と賃料不払いを見過ごした。

仮に、公共航空に賃貸借契約解除事由に相当するほどの背信行為が存在せず、解除は違法無効であることが法律上明らかであったとすれば、直ちに法的措置を取らず、昭和六二年二月に至り始めて座間味村に対し借地権確認訴訟を提起し、争点についての十分な主張立証を経ることなく、わずか二度の口頭弁論の後、和解により、琉球エアーコミューターに著しい廉価で空港施設を譲渡し、敷地内の建物を無償譲渡し、借地権を放棄したことに、重大な過失がある。

慶良間飛行場の建設費は一一億円であり、その敷地の借地権価額は土地の時価約六億三〇〇〇万円の約七割にあたる四億四〇〇〇万円で、同飛行場を利用した航空輸送事業により年間一億七〇〇〇万円以上の売上げがあったのに、被告は、滑走路、飛行場施設等を一億五三〇〇万円で売却し、借地権を放棄したのであるから、公共航空の被った損害は九億四七〇〇万円を下らない。

(被告)

慶良間飛行場敷地の賃料の不払いは、原告渋谷逸雄が業務及び経理の引継ぎを一切しなかったことによるものであり、被告の責任ではない。

座間味村は賃料支払の催告をすることなく、土地賃貸借契約の解除通知をしたが、公共航空は解除通知受領後一九〇万円の賃料を座間味村村長に提供し、被告は、受領拒絶後、直ちにこれを供託したのであるから、公共航空には土地賃貸借契約解除事由に相当するほどの背信行為は存在せず、解除の効果は生じていなかった。なお、公共航空の不定期航空輸送事業免許のうち、那覇・慶良間間二地点間旅客輸送を更新しなかったのは、座間味村が公共航空の慶良間飛行場の使用にあくまで反対し、座間味村の承諾書が必要な運輸省の承認を得られる見込みがなかったためである。したがって、善管注意義務違反はない。

慶良間飛行場の使用権益については、昭和五六年二月二四日、原告渋谷逸雄が代表取締役を務めるケラマ観光飛行場株式会社に対し、借入金二億円の担保に差し入れる約束をしていた。したがって、慶良間飛行場は、二億円位の価値しかなく、それも担保差し入れでなくなっていた。

(三) 那覇運航所の閉鎖

(原告ら)

公共航空は、那覇運航所を拠点として不定期航空運送事業及び写真撮影等を行い、昭和六三年度において五三八一万九二一五円の営業収益を上げていたにもかかわらず、國場組の子会社に那覇運航所における不定期航空事業の免許を取得させるため、不定期航空運送事業の事業停止許可申請及び航空機使用事業の事業停止届出を行い、那覇運航所を閉鎖する旨の事業計画変更届出を行った。那覇運航所における営業ができなくなったことにより公共航空が被った損害は、右営業収益の三年分に相当する一億五〇〇〇万円を下らない。

(被告)

那覇運航所の閉鎖は、國場組からの資金援助が打ち切られて事業継続の見通しがたたなくなったためで、やむを得ないものである。

原告らの主張する営業収益は、売上金額であり、経費を考慮していない。

(四) 航空機の処分等

(原告ら)

(1) 朝日航洋に対し譲渡担保に供した航空機一三機の時価総額は一億九五〇〇万円であり、これを簿価をも下回る六〇四八万円と評価し、譲渡担保が実行されたため、公共航空は一億三四五二万円の損害を被った。

(2) 朝日航洋から買い戻した航空機四機の時価は、合計九二〇〇万円であり(JA三七四七及び同三七七八は各六〇〇万円、JA五二三二及び同五二二五は各四〇〇〇万円)、これを一億三〇三一万円で購入した結果、公共航空は三八三一万円の損害を被った。

(3) 國場組への航空機四機(JA五二三二、JA三七四七、JA三七七八、JA三四二八)の所有権移転は無償譲渡であり、JA五二二五は、取締役会の承認を得ず被告に無償譲渡したものであって、横領に当たる。これにより、公共航空は、購入価額の合計である一億三九三一万円の損害を被った。

(被告)

航空機の評価は、評価時点における耐空証明の残有効期間、装備品の法定耐用時間などに大きく左右されるものであって、その航空機がどのような整備を受け、どのような装備を備え、耐空検査までの残有期間がどれほどかを具体的に審査しなければ算出することができない。同じ機体であっても、評価時点が何時かによって評価額は大きく異なる。原告らの主張する原価には客観性がない。

國場組への航空機四機の所有権移転は無償譲渡ではなく、四一〇〇万円の弁済に代えてなされた代物弁済であり、右所有権移転により公共航空に損害は生じていない。

JA五二二五は、自己が購入し公共航空の名義にしておいたJA三四二八と交換したものである。

(五) 支払手数料及び寄付金

(原告ら)

被告は、公共航空の代表取締役として、その業務全般の執行及び資産の管理を統括すべき義務があるのにこれを怠り、放漫経営を行って、昭和六〇年四月一日から同六一年三月三一日までの期間に、支払手数料及び寄付金名目で二億円を超える使途不明金が流出するにまかせ、公共航空に損害を与えた。

仮に、現実に資産が流出したのでないとすれば、被告は、商法二六六条ノ三第二項又は同法二六六条一項五号に該当する違法行為を行ったものである。

(被告)

支払手数料は、銀行振込手数料が増えたことのほか、諸々の支払いを含めて記載したものである。寄付金は、原告らと銀河計画との昭和五九年一二月五日の株式譲渡契約において、原告渋谷逸雄に無償譲渡することとされた地図事業部門の什器備品等については、本来、第一八期(昭和六〇年三月期)に寄附金処理すべきであったところ、被告の代表取締役就任当時、公共航空の経理処理は混乱を極めており、原告渋谷逸雄が会計帳簿類の引渡しを長期間にわたり拒んだため、右処理が第一九期にずれ込んだものである。

(六) 破産管財人に対する債務承認

(原告ら)

被告が銀河計画破産管財人との間で公正証書により承認した七億五四四四万一八六七円の借入金額のうちには、実在しない債務合計三億九〇六五万二四九三円が含まれており、被告はこれを認識していたもので、株主に対する利益供与にあたる。被告は、破産管財人にその旨申入れ、正しい債権額を確定し、公正証書の作り直しを行うべきであったにも拘らず、これを怠り、その辞任までの全期間、破産管財人を七億円を超える債権者として取扱った結果、公共航空は実在しない債務額三億九〇六五万二四九三円と同額の損害を被った。

(被告)

右公正証書に基づいて公共航空が破産管財人に実際の借入金額以上に返済した事実はなく、損害は生じていない。正しい債権額の確定が困難であった最大の原因は、原告渋谷逸雄が代表取締役であった時代の公共航空と銀河計画との間の経理関係が不明朗であったことにあるのであって、被告には責任がない。

4  会社の株式全部を保有する代表取締役及び取締役が、貼用印紙額を節約するために、会社としては元取締役の責任追及の訴えを提起せず、株主として株主代表訴訟を提起することは権利濫用に該当するか。

(被告)

商法二六七条の趣旨は、会社が、取締役との緊密な関係から、その取締役に対する責任追及の訴え提起を怠っているときに、個々の株主に会社に代って取締役に対する訴訟を提起することを認めるものである。ところが、現在では公共航空と被告との利害は対立している一方、原告らは公共航空の一〇〇パーセントの株主であり、原告渋谷逸雄は代表取締役、他の原告らも取締役等の地位にあるから、原告らと公共航空は、意思決定の主体として一体の関係にあるのであって、原告らの訴え提起請求に対し、公共航空は容易に応じ得る。原告ら代理人は、本法廷において、印紙の節約が本訴の目的であることを自認しており、本件訴えは、代表訴訟制度の趣旨を逸脱し、民事訴訟費用等に関する法律の定めを潜脱することを唯一の目的として提起されたものであるから、株主権の濫用として、却下されるべきである。

(原告ら)

原告らは、平成七年一月二一日、公共航空に被告に対する訴え提起の請求をしたが、その後三〇日を経過しても、公共航空は訴えを提起しなかった。

株主代表訴訟にあたって会社が訴えを提起しなかった理由の如何は問うところではない。公共航空は、被告の違法な業務執行の結果その資産の大半を失い、現に無資力の状態であり、自ら被告に対し訴えを提起するのは不可能である。その場合に原告らが株主代表訴訟を提起しえないとする理由はない。株主代表訴訟の貼用印紙額が八二〇〇円とされているのは、株主の負担を軽減し、代表訴訟を提起しやすくするためであるから、本件株主代表訴訟の提起は制度の趣旨に適っており、株主権の濫用にはあたらない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

原告ら引用の最高裁昭和四四年一一月二六日判決は、取締役の任務懈怠と第三者の損害との間に相当因果関係があるかぎり、会社が損害を被った結果ひいては第三者に損害を生じた場合(いわゆる間接損害の場合)も、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償請求を認めるが、右判例の事案における第三者は会社の債権者であって、右判示を直ちに株主にも及ぼすことは相当でない。本件において原告らが主張している株主としての損害は、取締役の行為により会社財産が減少した結果としての保有株式の価値低下である。株主は商法二六六条ノ三にいう「第三者」におよそ当たらないと解すべきかどうかは別として、右のような損害に関する限り、会社財産が回復されれば、株主の損害も回復される。また、商法二六六条ノ三の適用範囲を考えるにあたって、商法上の他の制度、原則との調和を視野に入れるべきことは当然であるが、取締役がその任務に違反して会社に損害を与えた場合は、本来、会社が取締役に対する損害賠償請求を行うべきであり、会社が取締役との癒着等により、その請求を怠っているときは、株主は代表訴訟を提起することができる。この場合も、株主は、会社への賠償を請求することができるだけであって、自己に対する給付を求めることはできない。このような場合に株主への直接賠償を認めることは、利益配当等によらず株主への会社財産の分配を認めるに等しいから、資本維持の原則に反し許されないのである(株主への直接賠償を認めた場合、これが履行されれば、二重払いを正当化する根拠は見い出し難いから、取締役は免責されざるを得ない)。商法二六六条ノ三においては、取締役の責任を認める主観的要件が商法二六六条より加重されているからといって、資本維持の原則を無視してよい理由にはならないのであって、結局、会社財産の減少による株式の価値低下という間接損害については、株主は商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことはできないと解すべきである。

よって、第一事件の主位的請求は理由がない。

二  争点2について

原告らが、債権者代位の被保全権利の一つとして主張する債権は、公共航空が和解で認めた民法四四条に基づく損害賠償請求権だというのであるが、その損害の内容が公共航空の一般財産の減少による保有株式の価値低下であることは記録上明らかであるところ、一において述べたと同様の理由によりこのような請求権は商法に照らして認め難く、右損害は民法四四条にいう「他人に加えたる損害」にあたらないと解すべきである。このように法律上認められない請求権を、原告らが完全に支配する会社に承認させる和解は、公序良俗に反し、無効というべきである。

三  争点3について

1  取締役は、株主総会で選任され、いわば株主の委託を受けて会社経営にあたっているものであるから、職務の執行に際し株主の意向を尊重すべきであることは当然であるが、取締役は総株主のために職務執行にあたるべきであり、その責任は総株主の同意がなければ免除できないのであって、いかに有力であれ一部の株主の指示・承認に基づいて行動したというだけでは、免責されない。また、会社や株主に対する責任ではなく、債権者等の外部者に対する責任は、たとえ総株主の承認があったからといって免除されるものではない。主要な債権者の指示・承認を得ていたことが、会社の他の債権者に対する免責事由にならないことはいうまでもない。

したがって、被告が、公共航空の主要な債権者であり株式の大部分を持つ銀河計画破産管財人と協議しつつ、その指示・承認に基づいて資産処分等を行っていたとしても、直ちに善管注意義務・忠実義務違反にならないとはいえない。

2(一)  北九州格納庫の敷地問題

争いのない事実及び丙一六、一七、二八ないし三〇、四〇ないし四八によれば、次の事実が認められる。

公共航空は、昭和五六年三月一〇日、前川電機鋳鋼所の取締役である西龍夫との間で、同人が所有する北九州小倉格納庫の敷地について、賃料を3.3平方メートル当たり月五〇〇円、期間を同年四月一日から昭和六一年三月三一日までと定めて賃貸する旨の賃貸借契約証書を作成したが、公共航空は、その後も西龍夫に賃料を支払ったことはなく、その代わり右格納庫で前川電機鋳鋼所所有のムーニー式M二〇型航空機の整備等を無償で行っていた。

ところが、右賃貸借期間内である昭和六〇年一月三〇日、同年二月一日から昭和六一年一月三一日までの一年間、賃料一平方メートル当たり月一八〇円(総額一二万円)で右土地を、前川電機鋳鋼所が公共航空に賃貸する旨の賃貸借契約書が作成される一方、同日、契約期間を右と同一、月間料金を八万円として、右航空機の整備等に関する契約書が、前川電機鋳鋼所と公共航空との間で作成されている。しかし、前川電機鋳鋼所はその後も整備等の料金の支払いはしていない。そして、前記のように、前川電機鋳鋼所から、昭和六〇年二月から五月までの賃料不払いを理由として、賃貸借契約解除の意思表示を受けたため、被告は、取り敢えず四か月分の賃料相当額を前川電機鋳鋼所に送金し、前川電機鋳鋼所から土地明渡訴訟を提起されたが、公共航空は昭和六〇年九月北九州運航所を閉鎖し、同六一年五月二一日格納庫について強制競売開始決定がなされたのち、同年一一月二五日、土地賃貸借契約の解除を確認し、昭和六〇年六月一日以降の賃料相当損害金の支払を免除する内容の訴訟上の和解が成立している。

右の事実経過には、昭和六〇年一月三〇日付けの各契約が締結された事情等、はっきりしない点も多いが、右事実からする限り、格納庫敷地の利用契約は、形式的に賃料は定めていたものの、現実には航空機の整備等を対価とするものであったと見るのが相当であり、前記の賃料不払いが解除事由になるかどうかは疑わしい。

また、和解で敷地を明け渡したことについても、北九州運航所の閉鎖、格納庫が差押えを受けたという事情も加わっており、単純に賃料不払いによる解除を承認したものとは考え難い。したがって、右明渡しが被告の注意義務違反に当たると認めることはできない。また、損害についても、原告らは、借地権の喪失により近隣土地の公示価格の七割が損害であると主張するだけで、現実の損害額を認めるに足りる証拠はない。

よって、北九州格納庫の敷地問題について、被告の損害賠償責任を認めるに足りる証拠はない。

(二)  慶良間飛行場の敷地問題

(1) 慶良間飛行場敷地の賃貸借契約については、座間味村は賃料支払の催告をすることなく解除通知を行い、公共航空は解除通知受領後一九〇万円の賃料を座間味村に提供したが、受領を拒絶されたため、被告は直ちにこれを供託したものと認められる(被告)。

会社の賃借物件の賃料の支払が契約どおり履行されるよう管理することは、管理職間に事務分掌が存在する程度の会社であれば、何か問題が起きている場合は別として、通常は、せいぜい経理担当者レベルの事務処理事項であろう。当時、公共航空は一応の事務分掌組織をもっていたこと(甲四三)、本件は無催告解除であり、解除通知後、賃料の提供と供託を行っており、飛行場敷地という賃借物件の性質も考慮すると、解除が無効とされる可能性は高いと思われること等からして、代表取締役としての被告に善管注意義務違反が認められるかどうかは、いささか疑わしい。慶良間飛行場が公共航空の事業の核をなす重要な資産であること、座間味村の解除通知到達前にすでに北九州格納庫敷地の賃料不払い問題が発生していたことを重視し、業務管理の不適切・不十分を根拠に善管注意義務違反を認める余地はあると考えるとしても(原告渋谷逸雄から業務、経理の引継ぎがなかったとすれば、就任後直ちに業務等の把握に努めるべきであるから、引継ぎがなかったことは、被告の代表取締役としての注意義務を免除するものとはいえない)、重過失までは認められない。

(2) 次に、訴訟上の和解により、慶良間飛行場の施設を琉球エアーコミューターに一億五三〇〇万円で売却するなどしたことが、取締役としての任務違反になるかどうかであるが、当時、公共航空は、すでに銀行取引停止処分を受け、また同飛行場に関する権利を担保とする約束で二億円を借り受けていたケラマ観光飛行場株式会社からは破産申立をされ、最大の債権者である銀河計画破産管財人の債務弁済の要求に応じなければならず、その他にも労働関係債務、国税等の支払があるという状況であって、売却可能な遊休資産があったわけでもない公共航空にとって、慶良間飛行場等の資産処分による弁済原資の調達を図ることはやむを得ない状態であったと認められる(前述のように、座間味村の解除は無効の可能性が高く、豊富な弁護士スタッフを擁していた銀河計画破産管財人がそのことを考えなかったはずはないから、賃料不払いが慶良間飛行場処分を余儀なくさせたという可能性は、客観的にも主観的にも小さいものと思われる)。

(3) そして、売却するとなれば、離島の飛行場という特殊な物件であるから、買い手は限られ、売却価格についても相当のデスカウントをせざるを得なくなるのは、常識的なことであろう。原告渋谷逸雄は、慶良間飛行場の建設費は一一億円であったと述べるが、それを裏付ける資料はなく(乙一の昭和六〇年三月三一日現在の貸借対照表で、どの勘定科目が慶良間飛行場に関係するのかはっきりしないが、航空機、有価証券、長期貸付金等、明らかに飛行場施設に関係がないと認められる勘定科目を除外すると、固定資産の総額は五億円に満たないことからも、右建設費の金額には疑問がある)、また、敷地の時価が約六億三〇〇〇万円であり、借地権価額はその約七割にあたる四億四〇〇〇万円とするのも、根拠薄弱といわざるを得ない。

(4) したがって、慶良間飛行場の処分について、被告の任務違反とそれに基づく損害の発生を認めるに足りる証拠はない。また、那覇・慶良間二地点間旅客輸送事業からの撤退は、慶良間飛行場施設の琉球エアーコミューターへの譲渡に当然に伴うものであるから、この点について独自の注意義務違反を考える余地はない。

(三)  那覇運航所の閉鎖

甲五九によれば、原告らの主張する営業収益は売上に過ぎないことが明らかであり、運航所の閉鎖による損害が特定年度の売上の三倍に当たるとする根拠はないから、原告らの主張は理由がない。

(四)  航空機の処分等

(1)ア 原告ら主張のように、朝日航洋に譲渡担保に供した航空機一三機の、担保権実行の際の価格評価が不当に低かったとすれば、公共航空は清算金請求権を有していることになるから、右価格評価と相当な価格との差額が、当然に損害となるわけではない。

イ 争いのない事実及び甲八〇、丙五〇、五一によれば、公共航空は、國場組からの借入金により、朝日航洋から航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二二五、JA五二三二)を買戻したが(原告らはその代金額が一億三〇三一万円であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない)、右借入金を返済できなかったので、航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二三二、JA三四二八)の所有権を國場組に移したこと、平成二年一月二五日付の債務弁済公正証書によれば、公共航空の國場組に対する債務は一億四九六六万一六二七円と確認されていたが、その後公共航空の代表者が原告渋谷逸雄になってから、公共航空、原告らと國場組との間で、右航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二三二、JA三四二八)の所有権が國場組に帰属するのを確認するとともに、債務額を一億〇八六六万一六二七円と確認し、なお原告ら及び公共航空が五〇〇万円を支払うなど和解契約上の義務を履行すれば一億〇三六六万一六二七円の債務を免除する等の和解をしたことが認められる。

右によれば、國場組への航空機の所有権移転当時の合意がどうであったかはともかく、実質的には航空機四機を四一〇〇万円と評価して債務額をその分減じたものと見られる。

ウ 原告らが、本件各航空機の相当な価格の根拠とする甲五二は、昭和六〇年一月、当時公共航空の取締役であった原告橋本洋を始め銀河計画関連の航空会社所属の者四名が集まって、航空機の使用料金を決める目的で評価した結果であるが、中古の航空機の場合、耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間といった点も価格に大きな影響があるのに(原告橋本、丙四八)、データとしては型式、製造年月日、総飛行時間程度が考慮されたに過ぎず、最高五五〇〇万円から最低一六五〇万円まで評価が分かれるものがあるなど、全ての機体について評価者による価格の差が著しく、腰だめ的な評価の感を免れないのであって、信頼できるものであるとは、とてもいえない。甲二一も甲五二を参考として作成されたものでしかない。

したがって、甲五二、二一は、各処分ないし購入時における本件各航空機の相当な価格を認定できる証拠とはならない。

エ 以上によれば、朝日航洋による譲渡担保の実行、朝日航洋からの航空機の買戻し及び國場組への航空機の所有権の移転により、公共航空に原告ら主張のような損害が生じたことを認めるに足りる証拠はないことに帰する。

(2) 航空機JA五二二五については、調査嘱託の結果、甲四二、七四ないし七六及び原告橋本によれば、同機は公共航空が所有していたが、平成二年一月二五日被告に対し売買を理由として所有権移転の登録がなされた後、平成三年一月から東邦航空株式会社に賃貸されていたところ、同年一二月に飛行中のエンジン火災により使用不能となり、平成四年一一月東京海上火災保険株式会社から二四〇五万五九〇七円の保険金が支払われていること、被告に対する所有権移転につき取締役会の承認はなく、平成四年一〇月、原告渋谷逸雄から被告に対して、右所有権移転は無償譲渡であるとし、詐害行為取消権等の行使により同機の引渡等を求める訴えを提起したところ、被告は平成五年三月一一日の口頭弁論期日において請求を認諾したことが認められる。

右事実によれば、JA五二二五は、商法二六五条に違反して被告に無償譲渡されたものであり、被告は右任務違反行為につき悪意があると認められる。被告は、同機は自己が購入し公共航空の名義にしておいたJA三四二八と交換したものである旨主張するが、裏付け証拠を欠き、採用できない。

そして、JA五二二五について支払われた保険金額は、同機の喪失により少なくとも右金額程度の損害が生じることを示すものといってよい。もとより、被告の任務違反行為時と事故時及び保険金支払時とはずれがあり、それぞれの時点で耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間がどうであったかといった点は不明であるが、任務違反行為から事故までの約二年間で機体の損耗は進んでいると思われることを考慮すれば、耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間等から任務違反行為時の方が同機の価値は低かったという反証のない本件においては、右保険金額をもって、被告の任務違反行為による損害と認めるのが相当である。

(五)  支払手数料及び寄付金

第一九期決算書に計上された支払手数料が不当な支出であったと認めるに足りる証拠はない。前期よりも支払手数料の額が多いというだけで、直ちに不当な支出があったと推認することはできない。

また、丙四九によれば、寄付金勘定に計上された一億九九六六万五六四二円は、原告らと銀河計画との昭和五九年一二月五日の株式譲渡契約において原告渋谷逸雄に無償譲渡することとされた地図事業部門の什器備品等について、本来、第一八期に寄附金処理すべきであったものが、第一九期にずれ込んで処理されたものと認められる(乙一の貸借対照表上の原材料、貯蔵品、仕掛品、機械装置、車輛運搬具、工具器具備品及び製品は地図事業部門の資産と思われるが、その合計数値と、金額的にも一致する)。

よって、この点について取締役の任務違反及び損害の発生は認められない。

(六)  破産管財人に対する債務承認

被告が銀河計画破産管財人との間で作成した公正証書に基づいて、公共航空が破産管財人に実際の借入金額以上に返済した事実を認めるに足りる証拠はないから、損害の立証がない。原告らは、右公正証書に基づき強制執行を受けたことにより公共航空が八〇〇万円の出費を余儀なくされた旨主張するようでもあるが、公正証書に過大な債務の記載がなされたことと、右出費との間に相当因果関係があることについて、主張立証がない。

3  甲七八によれば、公共航空は平成六年三月三一日現在で九一二四万三八四四円の債務超過状態にあったことが認められ、右事実及び弁論の全趣旨によれば、口頭弁論終結時においても大幅な債務超過状態にあることが推認される。したがって、第一事件の予備的請求は、原告渋谷逸雄が、公共航空に対する求償権を保全するため、航空機JA五二二五の違法処分に関し公共航空が被告に対して有する二四〇五万五九〇七円の損害賠償請求権を行使する限度で理由がある(右の点に関する限りで、商法二六六条の三に基づく請求も理由がある)。

しかし、第一事件のその余の予備的請求については、以上に述べたとおり、被告の任務違反行為、債権侵害行為あるいは損害を認めるに足りる証拠がなく、理由がない。

四  争点4について

商法二六七条に基づいて、株主が会社に対し、取締役の責任追及の訴えを提起するよう請求したのに、会社が三〇日以内に訴えを提起しない場合、一般的には、会社が訴えを提起しなかった理由の如何を問わず、株主は代表訴訟を提起することができると解すべきである。しかし、取締役の会社に対する責任の追及は、本来、会社が自ら行うべきものであって、株主代表訴訟は、会社が株主の意思に反して権利の行使を怠る場合のための制度である。また、商法二六七条四項が、訴訟の目的の価額の算定につき、株主代表訴訟を「財産権上ノ請求ニ非サル請求ニ係ル訴」と見做し、請求額の如何にかかわらず申立手数料が一律に八二〇〇円となっているのも、株主代表訴訟が株主の会社業務に対する監督是正権の行使という側面を持つ点が考慮されていると解されるのであって、取締役の責任追及一般について、申立手数料の軽減化が図られているわけではない。会社が訴えを提起する場合は、もちろん請求額に従った通常の申立手数料が必要とされるのである。したがって、会社と株主が意思を通じて、ただ申立手数料の節約を図ることを目的として株主代表訴訟を利用することは、まさに制度の濫用であり、許されないというべきである。

原告らは公共航空の株式の大部分を保有するとともに、原告ら金員が公共航空の代表取締役を始めとする役員に就任しており、原告ら以外の役員はいない。つまり、原告らが被告の責任追及を相当と認めたが、会社は不相当という見解の下に訴えを提起しなかったというようなことは考えられないのであって、弁論の全趣旨によれば、本件代表訴訟の提起は、もっぱら申立手数料の節約を図ることを目的としたものであることが認められる。

よって、本件代表訴訟の提起は訴権の濫用に当たるから、訴えを却下すべきである。

(裁判長裁判官金築誠志 裁判官棚橋哲夫 裁判官鈴木芳胤)

別紙株主目録〈省略〉

別紙請求金額目録〈省略〉

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